毒親 親の干渉がウザイとき、実は自分自身の進路が見えていない

「親は子供の進路に口出しするな」という記事を読んでいたらその記事に反応する「親の気持ちを知って」みたいな記事が出てきて…ちょっと視野が狭すぎないかい?と思ったので私も便乗してみました。

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「親は子供の進路に口出しするな」みたいなやぎぺーさん

https://www.jimpei.net/entry/oyakuti

ちなみにいつも記事、読んでいます。自分の体験談から法則を見出すエッセイスト…みたいに思っています。自分のやり方で人生を切り開いているすごい人なんですが、この「親の口出し」の記事を読んで思ったのが…。

やぎぺーさんは若いんだなぁ~(これが若さというものか…(シャア))ってこと。

親に対する反発力とか、親を他人と言い切ってしまうあたり「何が何でも自立してやる」感があります。なんというか、思春期の男子っぽい。決して悪口じゃないんですが、この若さがやぎぺーさんの原動力でもあり、魅力でもあるんだと思いました。

可能性が少なくなるにつれ、腹をくくり始める=干渉が気にならない

だって、年取ると親が干渉しようがどうにもならないことがでてくるから…。正社員で働けって言ったって「年齢制限が~、持病が~」とかなってきます。やぎぺーさんにはいろんな可能性があって、他にも選択肢が見えているから親の干渉がウザイんでしょう。つまり他の選択肢を捨てていることが浮き彫りになると今の決断に迷いが生じたり、都合が悪くなるんじゃなかろうか。

だんだん年を取って可能性も選択肢もなくなってくると、「これしかないもんなぁ」という心境になって親の、他人の干渉や野次なんて聞こえなくなります。何歳になっても可能性はある!とやぎぺーさんは思うかもしれないけど、やっぱり残っている可能性の中から良いものを探す、みたいな感じだと思います、中年以降は。

愛情故の干渉!(トリイさん)

この「やぎぺーさんの親の干渉」記事に呼応した記事がこれ。

https://www.toriikengo.com/parents-love/

これ読んで思ったのが、トリイさんの家はまともな家庭なんだなぁ、子どもは幸せだなぁということ。要約すると「大事な子どもが心配すぎて…」ほおっては置けない!

想像してみてほしい。

自分の大切な大切な人が、自分には全く理解できない暗闇(に見えるところ)に向かっていこうとしている瞬間を。

これなんか、グッときます。そりゃー自分を犠牲にしてでも守ってきた我が子がどうなっちゃうのか心配して口が出るよねぇって納得しますね。

でもさーーー、世の中、無償の愛だけ持っている親だけじゃないですよ。あれだけの手間とカネをかけたんだから親の期待に応えろ!みたいなことってよくあると思います。そういう親って子どもが幸せになる人生を子ども抜きに想像してて、その道から外れそうになると干渉してくるんだと思います。その子が幸せと感じるかどうか?よりも親が考える幸せにこだわりすぎるんだと思いますが。

まぁ、こういう毒親じゃなくてもやっぱり口出しはされる運命だと思います。

やぎぺーさんは今のフリーランスが至高!そこに親の干渉は不要!とばっさり切って捨てていますが、当然やぎぺーさんが選ばなかった可能性にだって幸せを感じる要素があるはずです。正社員で働いていたからこそ培われるチームワークとか、(良いチームに当たるかどうかは運によるけど)巡り合った結婚相手とか。

そういう他の選択肢の中に残された幸せ要素が親に見えている限りは絶対に口出しされます、断言してもいい。

どこにだって幸せがある、だから干渉されてもどうでもいい

極論をいうとどんな選択肢の中にも不幸要素、幸せ要素があるんだと思います。親は親が感じる幸せ要素が多い方の進路へ行けっていうでしょうが、どこで何をしていても本人が納得していることが大切なんじゃないでしょうか。親に干渉されても、とりあえず今はこれに取り組んでいる、ということだけが真実で、親が言ったからどうのとか、どっちの進路が良いとか、そんなことが今の段階で判断できるわけがないです。

不確定要素の中で生きている限り、いろんな選択肢が見えているべきだし、どっちの選択肢を選んでも、ようはどの山に登るかっていうだけで同じです。だから干渉されても「どうでもいい、取るに足らないこと」と受け止められるんじゃないでしょうか。

突き詰めると、親が~じゃなく、自分がどうしたいかってこと。

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