なんでも捨てる断捨離は必ず行き詰まると思う

かなり前から物を捨てようという運動 (断捨離 ) が流行っています。 けれど捨てて後悔するものもあるのはもちろん、過去を思い出すためのものが無くなるということでもあります。

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断捨離の目的

やり方や 目的は個人個人で違うけれど 断捨離をする最終目標というのは 「 より良い生活をする」 これに尽きると思います。

より良い生活というのは

  • 自分の人生の中から無駄を排除する  
  • 掃除に関する 作業時間を減らす  
  • ものを探す時間は減らす  
  • 身軽になる  

などつまり、 自分を縛り付けているしがらみから解放されるのが大きな目的だと思います。 気に入ったものでもありすぎると 人生の時間のほとんどが 物の管理に追われて過ぎ去ってしまいます。 物に囲まれるという一見豊かな生活の本質= 物に生活を支配される という側面が 見えてきて断捨離が流行ったんだと思います。

ミニマリストとは

断捨離が行き着くとこまで行くと 部屋にあるのは ほぼ布団だけ 、あるいは布団もなくて寝袋 というところまで行き着きます。 この人たちは自分の生活の一切合切のしがらみを捨てて 身軽に生きることを追求しています。 自分が不意に死んでしまっても何も 残さない、周囲に 迷惑をかけない 、引っ越そうと思えばすぐにでも引っ越せるなどたくさんのメリットもあります。

アイデンティティとは

一昔前に自分探しというのが流行りました。 これは自分とはいったいどんな人間なのか 、自分が どんなことにどんな感じを受けるのか、 と言ったことを 追求していました。 特に大学生など、大人と子供の狭間にいる人たちが自分探しをすることが多く見受けられました。

この現象を見ると 「自分というもの」 がいかにあやふやで 得体が知れないものか 分かります。 20年近く生きてきたのに自分がどんなものが好きなのか、何がしたいのか わからないのです。

自分で選ばないと自分がわからない

自分の好みが分からない、自分という人間がどんなものなのか分からないのは、与えられてきた環境や与えられてきたものが自分で選んだものではないからだと思います。 生まれた頃から不自由ない生活ができていて、必要なものはすでにそこにあるというのは 自分が開拓してそこにいるというのではなくて 、 完成された場に自分が合わせている感覚になります。

そういった生活環境が自分というアウトラインをあやふやにさせているんだと思います。

ミニマリストも 自分探しをしている

ミニマリスト たちは 自分たちのしがらみを開放しているように見えますが 、 実は本質的に 自分探しをしていると思います。 自分がどんなものが必要ないのか ということを追求しているのです。

自分が必要としないもので囲まれている世界 =自分の部屋が 自分自身を雄弁に語ってくれているのです。

自分とは本来、過去との繋がり

自分がどんなものが必要なのか、 どんなもので囲まれて暮らしたいのか 、どんなものが要らないのか、 という基準で自分のアイデンティティを作るのもいいと思います。 けれどアイデンティティというのは本来過去から連なるものだと思います。

自分が生まれてから現在まで繋がっているものでしか自分自身は成り立たないからです。 今の時点の自分が必要なものやいらないものだけで自分を語ってしまうと、 過去に立ち返りたい時 、初心を思い出したい時 につまずくと私は考えています。

過去を振り返る必要性

何か目標を達成する時などはある一定期間の成果を評価する必要があります。 仕事なんかだと それが数字としてはっきりと現れてきますが 、自分自身の性格や好みなどは どんどんと変化していきます。

部屋に置かれている 小物を見てください。

普段使っている コップ一つ、 メモ用紙ひとつにさえ 自分のその時の好みが 象徴されているはずです。貰い物だったとしても、捨てなかったという判断があなたを象徴しています。

今の自分だったら絶対に選ばないような品物が 部屋にあったりするのが普通です。 断捨離で言うとこれらはすぐさまゴミになるのですが 、 私はこれらのものを一概に捨てるのがいいとは思えません。

過去を振り返る時が来る

人生の中で 過去を振り返る時が来ます。 特に子供時代に おった傷 やトラウマ などは度々思い起こすことになると思います。 昔のことだからといって記憶を封印していると いつまでたってもその傷は 癒えません。まるで癒えないどころかどんどんと膿んできます。

大人になってから子供時代の辛い経験に対して意味づけをしたり、解釈を変えたりして 、その傷を癒したりしますがその時に子供時代のものがあると回復が早いと思います。

子供時代を思い出させる鍵

大人になった自分が見ると子供時代の品物は全く価値がないものばかりです。 広告の裏のいたずらがきや 食玩のおもちゃ 、 拾った石などです。 断捨離で言うところではこれらは完全にゴミになる のかもしれません。

けれどこれらのものを見るとその時の情景が 一気に思い出せるか気になることがあります。 小さな頃の自分の日記を読んだらそれがトリガーとなって 、その時の自分の気持ちを思い出したりします。

思い出した気持ちというのは 結構自分にとって重要なことだったりします。 自分がどうして今の道を選んだのか、 どうしてこれを 覚えているのか ということに意味を感じたりします。

昔の自分と今の自分では感じ方が違う

良くも悪くも昔の自分と今の自分はかなり違います。 恋愛に対しては特に顕著で 、思春期の頃のようなときめきは年齢を重ねるうちに どんどんと感じにくくなる と思います。 けれど思春期の頃に使っていた品物を見ると 、過去の感覚を思い出せることがあります。

同窓会で昔のクラスメイトに会うと 、その当時の感覚が蘇ってなんだか若返った気がするのも同じような感覚です。

写真では弱い

過去のものを ほとんど捨ててしまい、 もしその当時のものが一つもなかったら どうでしょうか。 それでも写真くらいは残っているかもしれません。 写真を見ると昔の記憶が蘇ったり するかもしれませんが、 感覚の鮮やかさでは 品物の方が 鮮やかに感覚が蘇ります。

品物はしょっちゅう使っていたものの方が より鮮やかな感覚が蘇ると思います。 テレビで霊能者が品物を手にとって 何か感じたりしていますが 、 あんな感覚なのかもしれません。 スピリチュアルなことはよくわかりませんが、ともかく過去のものを手に取ってみると その当時の感覚や記憶がよみがえるのは確かです。

過去の記憶を 蘇らせるメリット

子育てをしていると 子供と大人である自分との感覚が違いすぎて分かり合えないことがあります。 けれど子供の頃の品物を見て 自分の記憶が蘇ると 、 子供の頃の自分の感覚が ありありと蘇ってきます。

そんな状態になると子供と同じ感覚が自分にもついてきて、 お互いに理解し合いやすくなると思います。

同じ失敗を繰り返さない

普通に生活していてふっと昔のこと思い出すことがあります。 そんな時はその思い出した時代の品物を手に取ってみて昔を思い出すように してください。 その時の感覚が蘇ってみると 、意外にも現在抱えている問題に かぶっている部分があることに気づくことがあります。

人間は死ぬときに蒼魔灯として過去の記憶を 検索して生き延びる道を探すそうですが 、同じように 何か問題を感じたら過去の記憶から 同じような不安要素を感じ取っているのではないかと思います。

昔失敗したことを ふっと思い出したなら、 また同じような失敗を繰り返そうとしているのかもしれません 。 そんな時は過去の自分に立ち返って現在を振り返ってみると かなりのヒントが得られると思います 。

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