あさイチで小澤征爾が出た、調べると興味深い…

あさイチに出ていた小澤征爾さん、どうも話に引き込まれるので調べてみるととっても興味深い人生を送られていました。あれだけの功績を残す人はやはり色んな修羅場があったのではないか?と思い、まとめてみました。

スポンサーリンク




2018年あさイチでの小澤征爾

朝ドラのわろてんかが終わってパッとうつった瞬間、誰だ?このおじいちゃんは?と失礼ながら思ったんですが、よーく見るとあの世界の小澤征爾さんでした。この日の着ていたものはパタゴニアのオレンジっぽい服で カジュアルな服装だったので、いつもの指揮する時の背広と印象が違い全然わかりませんでした。


多分、このオレンジでしょうか。さすがのパタゴニア…お値段が…。

で、 顔の表情もすごく穏やかで指揮をしている時の激しく険しい感じが全くないので、本当に近所のお爺ちゃん的な雰囲気でした。

音楽と教育の話 が中心

番組内での小澤征爾さんはほとんどが音楽と音楽に携わる若者への教育の話でした。 小澤征爾さん個人としての主義や思想などもあるはずだろうと思うのですが、 それはすべて音楽への活力になっているためか、嫌味な感じは全くありませんでした。

日本の音楽家は行儀が良くておとなしいらしい

話のくだりの中で、毎年山ノ内町の中学校で行っている発表会での感想が ありました。「 どうにも行儀が良すぎておとなしい」らしいです。 どうもこれは日本で活動している音楽家全てに当てはまるらしく、音をバーンと出す度胸がないらしいのです。

今、元気な音楽家は中国、 韓国、台北、シンガポールと言っていました。やっぱり経済的にイケイケゴーゴーな地域の方が乗りに乗っている、ということなのでしょうか。 音楽にもそれが現れているのか、経済的なゆとりが音楽を発展させているのか…。

京都の半導体会社ROHMの話

小澤征爾さんの話の中に出てきた京都のパソコン関係の会社、ロームを調べてみました。ロームは半導体を作っている会社らしいんですが小澤征爾さん自体はどんなことをやっている会社なのかはいまいちよくわかっていないらしかったです。

ロームの活動内容として音楽芸術への支援をしているそうなので、小澤征爾さんもおそらく支援を受けているのでしょう。 モーツァルトとかベートーベンの時代の頃の「パトロン貴族」 みたいなものなのでしょうかね。

このロームの創始者である佐藤研一郎さんの支援により 小澤征爾さんは「小澤征爾音楽塾」というオペラを公演活動しているようです。このオペラプロジェクトは小学生から入場できるものらしく、 小澤征爾さんのいう「小さい頃から音楽を楽しんでほしい」という願いから活動されているものだと考えられます。

鈴木京香と村上春樹

鈴木京香さんは小澤征爾さんのファンらしく、ビデオレターを送ってきてくれていました。 小澤征爾さんが食事を満足に取れなかった頃に、鈴木京香さん行きつけの焼き鳥屋さんが作っている鳥スープを届けたことがあるとか…。小澤征爾さんの指揮できよしこの夜をみんなで合唱した話などをしていました。

村上春樹さんについては、小澤征爾さんもびっくりするほどの音楽の知識がたくさんあると評価していました。ジャズについては小澤征爾さんよりもよく知っていて、 クラシックについての知識もすごくあるらしいです。

村上春樹さんって人は以前から毎日10 km 走る小説家として( もちろん小説も読んでいます)知っていましたが音楽にも造詣が深いなんて凄すぎます。 村上春樹さんも小澤征爾さんも自分の仕事のためには自分を律する力が すごく強いので、その辺も共通点なのかもしれません。


村上春樹さんは超人なのに文字がすごく可愛いのに驚きました。 能ある鷹は爪を隠す、ということわざが浮かんできます。おそらく物腰は柔らかいのに内に秘めているものは激しいものがあるんだろうなぁ。

3歳の孫のこと

年を取って涙もろくなったという話をしていました。 山ノ内町の音楽会での VTR を見ても涙ぐんでいらっしゃったので、と言うか何に付け涙ぐんでいたので相当涙もろくなったのでしょう。
中でも3歳になるお孫さんを見ているだけで涙が出てきてしまうそうです。お孫さんとは同居していて毎日会えるそうなんですが、「人間とはここから始まった」というわけで涙が出てしまうそうです。

あぁ、何だか分かる気がします。

何と言うか感謝と言うか何にでも感動してしまうと言うか…。小澤征爾さんは2010年に胃がんを体験されているそうなので、 死にかなりギリギリの線まで寄り添ったことがある体験から感受性が高まっているのかもしれません。

そもそも音楽家たるもの、感受性が鈍いとやってられないと思うので、小澤征爾さんの気性によるものかもしれませんね。

ちなみにお孫さんは3歳の男の子だそうで将来が楽しみです。小澤征爾さんの息子さんもお嬢さんも美形な顔立ちなのでおそらくお孫さんも可愛らしい顔に違いないです。 羨ましい…。

小澤征爾さんのポーチの中身

番組内でテーブルに置かれていたメッシュの事務的なポーチがありました。どうもこれは小澤征爾さんの私物らしく 中身は保険証、小銭入れ(なんだか可愛げのちっちゃいやつ)、 髪をとかすブラシ、目薬、クリネックスのポケットティッシュクレジットカード…。

ポーチの中身は何ですか?という質問に全てを広げて見せてくれました。っていうか、保険証とかクレジットカードを全国に放送しちゃいけないんだろう!ということで有働さんととイノッチが慌てて隠していました。

今日はテレビに出るので髪をとかすブラシを持ってきたらしく、普段はその他のものはすべてポケットの中に入れているそうです。テレビ出演するとポケットが膨らむから、 今日はポーチを持ってきたんだとか…。

クリネックスのティッシュ

クリネックスのポケットティッシュを見た瞬間、「おお、 ここにも同志がいた!」と思いました。ティッシュはやっぱりクリネックスが一番いいです。丈夫さ、しなやかさ、吸水性どれをとってもバランスが良くて使いやすいティッシュです。

なんといっても 手を拭いたり、汚れを拭いたりして使うこともできるけれど、鼻をかんでも赤くならない(痛くない)というティッシュで、 色々な用途に使える万能さが気に入っています。普通のティッシュと鼻をかむティッシュを二つ持ち歩かなくていいので荷物が減るってわけです。

ゴールドカード!

ビニールパックからおもむろに出てきたのがゴールドカードでした。ゴールドカードって財布の中にしずしずときちんと収まっているイメージがあったので、無造作に放り込んでいる
小澤征爾さんはさすがだなと思いました。

と言うか、しょっちゅう小田急線に乗ると言っているのにこんな無造作にゴールドカードを晒してしまって身の安全は大丈夫なのかと心配になりました。

小澤征爾の結婚

小澤征爾さんは初婚を江戸京子さんと結婚されています。しかしわずか数年後に 離婚されています。 離婚理由については、なんというか若いふたりにありがちな感じです…。

原因について江戸京子は「ピアニストとして練習するにしても、自分が弾きたい時に弾けませんしね。主人が練習に疲れて家に帰って来て、もう音は聞きたくないという。その気持もわかりますしね。それで議論になると、結局は”オレが稼いでいるんだから、オレの意見を尊重しろ”ということで押し切られてしまう。いちばん単純な議論でやって来るんです。それなら、自分が経済力を持てば納得のいく生活が出来るんじゃないかと──」

さらにその後コンクールで優勝した小澤征爾さんが後の妻となる女性と浮気をしたのも離婚の決定打になったという話もありました。小澤征爾さんは初婚の江戸家からお金を借りていたという話もあり…。

「デビューまでは江戸家に経済的な負担をかけておきながら、目的を達したらサヨナラ」との非難も浴びた

小澤がN響と契約したのは江戸京子との婚約中であり、若い小澤がN響の常任指揮者に抜擢された背景には、江戸英雄の政治力があったとも報じられた。江戸英雄が自民党の有力者を通じてNHKに工作をおこない、前田義徳(NHK専務理事、のち会長)を通じ、小澤をN響の指揮者に雇うよう命令したとの説を、毎日新聞記者であった原田三朗は紹介している

なんだかこれを読む限りきな臭い感じです…。 けれどこの時の小澤征爾さんは20代後半であり、音楽家として早く大成したい一心だったのではないでしょうか。音楽のためなら手段を選ばないと言うか…。

N 響事件

私自身、小澤征爾さんにこんな事件があったことは知りませんでした。 nhk交響楽団とどうやら折り合いが悪かったようです。まさか50年後に朝の情報番組に出ることになるとは思ってもなかったかもしれないですね。

N響と小澤の間に感情的な軋轢が生じ、11月の第434回定期公演の出来ばえが新聞に酷評された直後、11月16日にN響の演奏委員会が「今後小澤氏の指揮する演奏会、録音演奏には一切協力しない」と表明。小澤とNHKは折衝を重ねたが折り合わず、N響の理事は小澤を「あんにゃろう」と罵り、N響は小澤に内容証明を送りつけ、小澤も1962年12月18日、NHKを契約不履行と名誉毀損で訴える事態となった

小澤征爾さんを悪く言う理由については

  • 朝の遅刻を繰り返したこと
  • 朝まで飲んだ状態で演奏会をやってミスをしたこと
  • しかもそのミスを嘘でごまかしたこと

これらが原因で N 響の反感を買ったようです。しかし真偽のほどは明らかになっていないらしく、逆に小澤征爾さんは次のように語っています。

「副指揮者なしで、孤軍奮闘したぼくは、酷暑のこの都市で、首の肉ばなれのため39度の発熱をし、ドクターストップをうけたのだった。このような状態で棒をふったために、些細なミスを冒して[43]しまった。しかし、演奏効果の点では、全く不問に附していいミスであったとぼくは思う。それを楽員の一部の人たちは、ぼくをおとし入れるために誇大にいいふらし、あれは仮病であるとまでいった」

小澤征爾はコネがあったのか?

初婚の義理の父親である江戸家の工作で N 響の指揮者になったのなら、(つまりコネで) こんなでたらめな態度の指揮者はブーイングだったに違いないです。また普通に実力で勝ち残ってきた人から見たらコネで指揮棒を振っている指揮者に対して良い気持ちは抱かなかったでしょう。もしかしたらそういった背景があったかもしれません。

しかしその後の活動や発言から見ると音楽をとても大切に思っていることは間違いありません。なのでコネで指揮棒を振ったと言われるのに嫌になってしまったのかもしれません。そのせいではじめの結婚はうまくいかなくなったのかもしれないですね。

小澤征爾さんにしてみたら有力者のお嬢さんと結婚している限り、コネだと言われるわけですから。家に帰ってピアノの音を聞くのが嫌だ、というのは実は「自分の妻を見るたびに、自分の実力を真に認めてもらえない」というのを象徴していたのかもしれません。

小澤征爾はコネだった!というのは詭弁だった可能性

逆に実力でのし上がってきたはずの小澤征爾さんに周囲が嫉妬した可能性もあります。 若くしてスターになった小澤征爾さんに大きな期待を寄せすぎたと言うか…素晴らしい人は素晴らしい人格者でなければいけない、 みたいな日本的な考えがあったのかもしれません。

そのせいで江戸家のコネだとか、 そういった話が持ち上がってきたのかもしれません。

「アメリカで育ったような小澤の音楽と、ローゼンストック以来のウィーン楽派とシュヒターのベルリン・フィル的な訓練に慣れたN響の音楽観のちがいが、紛争の原因だという見解が当時、支配的だった。楽団員は若い指揮者をそねんでいるとか、もっとおおらかでなければならない、などという意見もつよかった。しかし、ほんとうの原因はそんな立派なことではなかった。遅刻や勉強不足という、若い小澤の甘えと、それをおおらかにみようとしない楽団員、若い指揮者を育てようとしなかった事務局の不幸な相乗作用だった

当時のことを知る人のこのような話を見ると、 なんだか人間関係のもつれのように見えます。 おそらくこの時期、 N 響の指揮をすることは 小澤征爾さんにとって辛いものだったに違いないでしょう。

家に帰ってからピアノの音がするのが休まらない、という 離婚理由に「何だそれ」と思っていたんですが、小澤征爾さんの背景を考えると無理もないかもしれません。

小澤征爾さんが口ずさんでいた曲

番組の最後に口ずさむ曲はありませんか?という質問に歌って答えてくれた小澤征爾さん。
ひたすらエーイエイと 歌ってくれるんですがスタジオにいる誰もが曲名を知らなかったようです。20秒あまり小澤征爾さんの生歌ショーが続き、スタジオが妙な雰囲気に…!


この妙なシュールさがすごく笑えます。 この曲ゴスペルのAmen という曲らしいです 。

小澤征爾さんのお母様がクリスチャンだったらしく、賛美歌を歌うようになったそうです。小澤征爾さんにとって 音楽の始まりはお母さんであり、そして賛美歌であり、最後も賛美歌で終わるのかもしれません。

イノッチが笑顔で小澤征爾さんに合わせているのが最高です。

関連コンテンツ
スポンサーリンク







シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

error: Content is protected !!